潮幇の成功者・陳慈簧

今月はお茶の旅のついでに寄った広東省澄海市隆都鎮にある陳慈簧一族の邸宅をご紹介します。

日本ではあまり知られていない人物かもしれませんが陳慈簧氏は海外で成功した潮州華僑の代表的な人物です。

この陳一族は南洋(今のタイ・シンガポール・マレーシア・インドネシアなど)との貿易で成功し、巨大な富を築いた潮州地域屈指の名家で、当初(清朝末期)は主に輸送業に始まり、その後は米を基軸にした貿易、最終的には金融にも手を広げて巨万の富を得たのだとか。

陳一族はその富を出身地(澄海市隆都鎮)の人々に還元し、学校・病院などを建築し、そしてこの地区の人が南洋に渡り、陳一族を頼って来た際は宿泊、食事の一切が保障されたのだそうです。

そんなこともあって地元の住民は今もこの一族への感謝の意が絶えないそうです。(ただ共産党政権が登場したので、新中国建国後は一族はタイへ拠点を置いていたようです。) 

文革中、中国国内の多くの文化財が破壊され、個人資産が没収されましたが、この陳一族の邸宅は地元の住民が結束して守り抜き、現在は一部ですが外部に公開しています。

それにしてもこの邸宅、本当に大きくてビックリしてしまいます。

大きな画像をお見せできず、皆様にその素晴らしさをお伝えできないのが悔やまれます。

この建物の特徴は南洋のコロニアルスタイルと中国様式が融合していることでしょう。タイルの装飾がとても面白いのです。

この建物の特徴は構造そのものは中国の伝統的な様式なのですが、タイルや木彫の細工が南洋らしく、色々なところからの影響が見られます。

少しイスラムチックだと思いませんか?

イスラムの影響を受けた後に見られるインドのアジュラックなどの染物にある文様にも見えてしまうのは私だけなのでしょうか?

この邸宅は当時のまま残されているそうで、タイルなども昔のものなのですがハードは残してあっても、ソフトが全くないのが悲しいですね。

家具とかその他諸々どこへ行ってしまったのでしょうか。。。(苦笑)

ちなみに公開されているのは邸宅の3分の1だけ。(それでも相当広いです。)

一体当時この中に何人住んでいたのでしょうねぇ。

お茶の旅をしていると古い邸宅を見るチャンスが結構あるのですが、この建物はちょっと特徴が際立っていたのでご紹介してみました。

こんなところでゆっくりお茶をして一日を過ごしてみたいと思うのは私だけでしょうか?

ここでは当時どんな茶器が使われ、どんなお茶が飲まれていたのでしょうね。

産地が近い鳳凰単叢だけではなかったと私は推測しています。

     
     
     
     
(テキスト・写真:徳田志保氏)